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前回まで、これまでの生き方やお酒を乱用し始めたころについて書いてきました。



幼少期の生活環境や性格はコチラ→【断酒・禁酒ブログ】自己紹介①:私の生き方とアルコールの飲み方



前回のブログ記事はコチラ→【断酒・禁酒ブログ】自己過去紹介⑦:はじめての精神病院退院とその後



出席日数


仕事をやめて実家に逃げ帰り、職業訓練校に通い始めましたがお酒は依然として止まることはありませんでした。


そんな中で、あと数回休むと訓練修了に必要な日数が足りなくなると担当の先生からお話しがありました。



幸運だったのはこの担当の先生が本当に心から尊敬できる素晴らしい方で、何となく私の状況を察して下さり、「お前は怠け者だ!」という態度ではなく「事情があると思うけど負けないで!一緒に終了とその先の人生を切り開いていきましょう」


という旨の激励を下さりました。当時、何をやっても続かないと心が痩せ切った私の心に染みわたる言葉でした。


そして、もう1つ。



膵臓からくる鈍痛でベッドから動けなかった時です。母が胃薬をもってきてくれました。職業訓練校に通いはじめる事を応援してくれていたので、母なりのエールだったのだと思います。



膵臓の痛みなので胃薬は全く効きませんでしたが、その優しさと励ましも心に響きました。



この日から、もう一度お酒をやめて訓練校に通って修了しようと決意しました。




数日間は手は震え、汗は滝のようにでてきました。
集中力も散漫でしたが離脱症状のピーク3日間が週末だったので自宅で耐えきりました。



そのあとは休むことなく6か月間の訓練に通うことができました。



Excel、Wordの資格、秘書検定を取得することができ、


慣れてきたころから、職業訓練校の後に自動車学校にも通いはじめて自動車運転免許も取得する事ができました。



職を失い、家の居場所もなかった状態でしたが



支えてくれる方々のおかげで、お酒を断ち資格まで取得する事ができました。



再就職


職業訓練の後半は就職活動も並行して行いました。


事務系の資格は取得しましたが、スポーツ経験を活かした仕事をしたいとずっと思っていました。
正直、これを選んだ理由は大学を中退して両親に申し訳がなかったからでした。


スポーツ経験を活かせる仕事は田舎町には中々見つからず、範囲をひろげて探してみたところ、とてもいい仕事内容を見つけました。



東京に




東京で数社新幹線に乗って面接を受けに行きましたが、最も条件のよさそうなところに就職を決める事ができました。



そして、職業訓練校を修了した年明けにまた学生以来の1人暮らしの挑戦の為に再度上京をしました。




28歳になる年でした。



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暗い内容が続いていますが、現在はお酒がなくても日々過ごせています。今、私がお酒の代わりに飲んでいるのはウォーターサーバーのお水です→【禁酒・断酒中の代わりの飲み物】冷たくておいしい!プレミアムウォー
ター♪