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前回から、これまでの自分の生きてきた環境や考え方について書いています。
【断酒・禁酒ブログ】自己紹介:私の生き方とアルコールの飲み方



小学校~高校時代



小学生時代の私は、攻撃的な面を持っていたと思います。
クラスメイトに暴力をふるってしまい、泣かせて先生に怒られる事がしばしばありました。


「怒って殴った」などではなく、「暴力」だと思わず悪ふざけにそんな事を行っていました。
頭を叩いたりする事は家でもされていたので小学生低学年までは普通だと思っていました。


しかし、それは教育を受けていく中で改善されましたが時々、物を壊したり動物をいじめたい衝動にかられていたのを覚えています。今はないです。


しかし、それとは裏腹に気持ちは強くはなく注意など受けるとすぐに落ち込んだり「・・・しゅん」となっていました。


クラスのコミュニティーの中では比較的目立つタイプの児童だったと思います。
ただそれは運動ができているので目立っているというだけで、友達が多いわけでも信頼されているというわけでもなかったんじゃないかと思います。


性格は自己中心的で、「俺が、俺が」といつも言っていました。認めてほしくて仕方なかったんだと思います。


そして、認めてもらえる手段が「運動」と「勉強」でした。


なので、とにかく色々なスポーツを行いましたし勉強も毎日自主勉強ノートを先生に提出していました。運動ができてすごいと他の児童に思ってもらいたくて、勉強をしている姿を先生や親に褒めてもらいたくて続けていました。


目立ちたいとずっと思っていたのですが、褒めて欲しい、自分を見てほしいと強く思っていたのだと思います。


小学生時代は「運動ができる」というのはステータスとしてかなりの比重を占めるので、性格は悪くても人が離れる事はなかったのですが。年齢を重ねていく毎にそれだけじゃだめな状況になっていきました。


しかし、そのステータスしか自分には頼るものがなかったのでそれに打ち込み、高校では結果も出して全国大会にも出場し、大学もその関係に進学しました。



悪いことばかりしかかいていませんが、目標に対してストイックに向かっていき達成するということについては、比較的よくできていたと思います。

少し高い目標でも短期的、長期的に目標をたてて取り組んでいました。




お酒を使い始めた大学時代


思い出すと情けなくなりますが、書いていきます。


大学に進学してもその自己中心的な考えが続いており、なかなか自分から相手を受け入れるという事ができませんでした。


自分と違う価値観の人を拒絶し、自分のものさしでしか物事を判断していませんでした。


自分の価値観といっても精神的にも未熟でガキくさい考え方でしたので、周りの人は徐々に私を相手にはしなくなっていったように思います。大学はみな運動のエリート集団でしたので、自分の持っていた唯一の他の人より優れていると思っていたものが通じない世界でした。


しかし、自分を認めてもらいたい、居場所が欲しいという気持ちは強く思っていました。
その方向性を誤って悪目立ちに走ってしまい、結局大学生活では白い目でみられていました。(自意識過剰ですが)学校にもどんどん行きにくくなっていきました。


しかし、それでも自分の性格や考え方を変えてみようとは思えませんでした。自分に近づいてきた人だけを相手にした自分には、コミュニケーションの取り方や相手の気持ちを推し量る方法がわかりませんでした。


地元を離れた土地で友人もできず、孤独を強く感じました。地元が一緒の友人に夜な夜な電話をしていましたが、徐々に友人はそれぞれの生活の中で新しい仲間を作っていき話せる時間が減りました。私は相変わらずの為、孤独感はさらに加速していきました。


その孤独感や、生活をどうしたらいいのかわからない不安な気持ちを取り除くのに、お酒を使いました。



最初から、楽しいお酒というよりは負の感情をかき消すために乱用しました。
お酒を飲んで酔うとなんとも言えない高揚感により、その時に感じていた嫌な気持ちやさびしい気持ちを忘れることができました。


「助かった」とそう思いました。
お酒は万能薬だと信じるようになりました。


20歳の頃には家にいる時間はほとんど飲んでいました。学校に行くときにも行きにくい気持ちをかき消す為にお酒を使ってその気持ちをなくしていました。授業中にも飲んでいるようなありさまでした。


そんな生活を続けていると、お金がすぐになくなります。
お酒を飲む為の資金を稼がなければと、朝方までの居酒屋やカラオケ店のアルバイトをはじめました。


仕事中に眠気や疲れが襲ってくると隠れてお酒を飲んでその気持ちもかき消しました。
大学では居場所がない私でも、バイト先では居場所があり心地良く感じました。仕事終わりには、お店のお酒を飲んで酔っ払って帰る日々で、そんな生活では学校にはとても行く事はできていませんでした。


4年生の時には留年する事実に直面しました。親には卒業はできると伝えていたため、焦りました。
しかし、数年間アルバイトだけして学校に行っていなかった自分では巻き返す事は到底できず留年することがきまりました。


その事実にも目を背けて、事実までかき消したいと考えてまたお酒をつかいました。
その時はとくに大酒を飲み、ウィスキーをボトルで一気飲みした後しばらくして記憶をなくしました。


目が覚めると病院のベッドの上でした。


お酒を飲んで酔っぱらったままで包丁で手首や手を切ったというより刺しまくり、血を垂れ流して近所の道端で倒れていたところ、救急車を呼んでもらったようです。


学校に連絡がいき、父が車で4時間かけて病院に迎えにきてくれました。
部屋の中は血だらけでひどいありさまでしたが、父はそれを私に見せないようにして
「お前は車で待っていなさい」と言ってそれを掃除してくれました。


そのまま一度地元に帰る事になりました。
車中では何も会話がなかった事を覚えています。




続きはコチラから→【断酒・禁酒ブログ】自己過去紹介③:大学時代、社会人になるまでの私の生き方とアルコールの飲み方



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